| 祝電〜バラ色の日々〜 「ほら。ハワイだった。僕の勝ち」 僕は笑いをこらえながら、受話器を握ったまま苦虫を潰したような顔をしている京介を見た。 「オーラスラリアだと思っていたのですが。まったく、なぜハワイにしたのでしょう、日本人だらけではないですか。うっかり知り合いにでもあってしまったら折角の新婚旅行が台無しだと思いませんか? 究極のプライベートといえるバラ色の時間が確保できなくなってしまいますよ」 ああ、そしてこれで私の愛する人を心ゆくまでドレスアップさせていただき、共にオペラに行く機会が費えてしまった。と、京介は額に手を当てて大仰に天井を見上げた。 「だいたいあの二人は年中無休で新婚さんみたいじゃないか。例え、知り合いに会ったとしても、バラ色の時間の使い方は十分に心得ていると思うけどね」 京介の興味はオペラじゃなくて、僕のドレスアップだと、この賭けの話しが出た瞬間に気が付いてしまった僕は、わざと煽らないように淡々と話しているのにも関わらず、懲りないという文字自体が辞書に存在もしていない男は、 「ユウさんと私ほどではないにしても、でしょう?」 なんて、しゃあしゃあと言うんだ。 「きみさ、バラの花には色が一色しか無いと思っているんじゃない?」 「ああ! 愛しい人! その何気ない口説き文句が私の心をどれだけ震わせるかご存知ですか!」 「く、口説くってどこが!?」 「お教えさせていただきますよ。ええ、今すぐに」 ハムレットの真似事を一瞬で放棄した京介は、ずいっと効果音が聞こえるぐらいの速さで、僕の鼻先2センチにまで顔を近づけてきた。 「秘め事には囁きこそが似合うとお思いになられませんか。そして、それに見合う可憐な耳朶が必要だと」 「お、思わないって! 近い、近すぎるからっ。それに今、話さなきゃいけないのは二人に贈る祝電の話だろ!」 「ああ、うっかり忘れていました」 嘘付け! 意趣返しだってわかっているんだからな。 僕は、冷たい視線で京介を一歩下がらせることに成功した。 まったく京介の脱線癖に付き合っていたら、せっかくの祝電も新婚旅行中に届かないじゃないか! 挨拶が遅れてごめん。僕は秋葉 優(あきば・すぐると読む)。だけど、両親揃って生まれたときから「ユウ」って呼んでいるから、そう覚えてくれればいいよ。 最近になって、ようやくほんの少しだけ書ける場所を与えてもらえるようになった、ミステリィ作家だ。 そして、この脱線王が伊集院京介。容姿端麗・眉目秀麗・珍魚落雁・明眸皓歯、ついでに不世出の博覧強記。と、とりあえず紹介するに事欠かない材料の持ち主。現在は、僕も通っていた母校で医学部の准教授をしている。母国はイギリス。本人はクォータなんだけどね。 僕は、この百花繚乱みたいな男に大学時代から熱烈ともいえる求愛をされ続けている。 まあ、長い友達時代や、ただの同居生活を経て、つまり、今は……って、僕らの話をしたいんじゃないんだ。今回は。 「新婚旅行の当日まで行き先を教えてくれないんですよ」 と、長谷川さんがこれ以上ないぐらい嬉しそうに微笑んでいたのは、つい先日のことだ。 僕など、毎度、当日どころか、現地に着くまで、下手をすると、現地についてからも、ここがどこの国だかわからない。という、京介がサプライズのつもりでいて、僕の意思と無知を完全に無視しているという行動ばかりをするせいで、何処に行くのかわからない。 というのは、大層、恐怖を誘うものなんだけど、やっぱりコトが新婚旅行となると、話は違うらしい。 もっとも、長谷川さんのこれ以上ないぐらい幸せそうな顔をしていれば祝福をしたくなるのも当然で。 「主任はずいぶん沢山のヒントを出していたと思うけど」 「考えないようにしていたのでしょう。彼は仕事が終わった後、ほぼ毎日ユウさんに木崎氏の話をしに来ていらっしゃいましたからね。少なく見積もっても惚気以外のなにものでもありませんでしたが」 「僕が新婚旅行先を推理するのを聞いているのが楽しいんだって言っていたよ。想像って一人じゃ限界があるからね。だからといって内緒にしている木崎主任に聞くわけにいかないだろ」 僕は楽しかったよ。と笑うと、京介は、「私は帰宅してからも仕事の話ばかりされて参りました」と、ちょっと拗ねてぼやいた。 京介が必要以上に「惚気」を強調するのも、この「仕事の話」のせいだ。 長谷川さんは、美容師の傍ら、傍らっていうのかな、現在は、京介が准教授の傍ら、専属モデルを務めている海外ブランド「Classic ROSE」のヘアメイクを担当している。 その仕事を前倒しするために、毎日、僕と京介のいるこの家に来ていたというわけだ。 「ちょっと旅行に行くので……」 と、最初は、大層、恐縮して家にやってきたものだからどうしたのかと思ったら、京介との仕事の打ち合わせを前倒ししたいのだと言う。この契約は大本が海外だけあって、がんじがらめというぐらい契約で縛られているから仕方が無いのだけど。 「え……と、一週間ぐらいなんですけど、伊集院さんに迷惑をかけるといけないと思って」 「一週間って夏休みでもないのに? 仕事ってそんなに簡単に休めるものなんですか?」 主任って結構、忙しそうだけだなあ。と、僕か呟くと、長谷川さんは、ますます恐縮して肩を小さく窄めた。 「お正月でもないし、GWに合わせているといっても、ちょっと長いですよね。あ。もしかして新婚旅行なんでしょう?」 「あ……」 「えっ! 図星なんですか! ってか、長谷川さん、いつ結婚したんですか!? もう結婚していてもおかしくないと思っていたけど、実はしていなかったんですもんね。式は? あ! それを現地で!?」 「式とかそういうのは」 「しないんですか? どうして? 木崎主任だったら、絶対に長谷川さんのタキシード姿が見たいって言うだろうし、見たいどころか、脱がせたいとか、いいそうじゃないですか。うわ〜、きっと言う。絶対に言うなあ。どんな顔して言うのか想像も出来るぐらいですもん」 あ。マズイ。言い過ぎた。と、僕が察したのは、長谷川さんが細い華奢な身体を自分の膝に埋もれてしまいそうなほどに、背を丸く丸めて、横から見なくてもわかるぐらい真っ赤になっていた顔を隠してしまったからだ。 「あー……すいません」 「い、いえ」 「えっと、改めて……おめでとうございます」 僕が向かいのソファーから改まって頭を下げると、長谷川さんは蚊の鳴くような小声で「ありがとうございます」と、呟いた。 こんな素直で可憐としか言いようがない美人な長谷川さんを、強引で独占欲の塊みたいな主任がどうやって口説いたのか、未だ僕の知るところではないのだけど、いつか時間をかけて聞いてみたいと思う。 僕の場合、惚気を聞いて自分も幸せな気分になっちゃうというよりも、間違いなく野次馬根性の割合の方が多い。だからこういうことを聞くのはタイミングが必要だと思っていて、まだ実行に移していないだけなんだけど。 「ユウさんはっ……」 「はい?」 「ユウさんは伊集院さんと結婚しないんですか!?」 「僕が、京介と、ですか?」 きっと逆襲のつもりなのだろう。目の縁をまだ赤く染めたまま、長谷川さんは僕をきゅっと睨んだ。 うん、木崎主任が長谷川さんを可愛いな。と思うのは、きっとこんな瞬間なのだろう。僕はそれを微笑ましい気持ちで見ながら、すっかり冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。 「僕ね、本当に売れてないんですよ。コンスタントにある仕事って漫画の原作だけでしょう? それだって爆発的に売れているわけじゃないから。はっきり言って結婚できるだけの地盤も稼ぎもないんですよ。いくら京介が資産家でも養ってもらいたいって思ったこともないしね」 「あ…あの……っ」 今月号の漫画読みました。と、長谷川さんは今週出たばかりの漫画雑誌をカバンの中から取り出してくれた。 「来月から解答編なんですよね? 今回は本当に難しいトリックで……」 「長谷川さん」 「はい」 「主任はきっと幸せになれると思いますよ。長谷川さんって本当に優しいから。僕が花嫁にもらいたいぐらい」 「ユウさんっ!」 だって本当にことだろ。僕は別に売れていないことを恥じていないし、それは事実だから隠すこともしていないのにね。 それを即座に理解して、気を回せるっていうのは優しさ以外の何物でもないだろう。 そして、それを僕の本を読んでくれている。という僕にとっては最高の形で返そうとしてくれるしなやかな強さに僕はいつだって好感を覚えずにいられないんだ。 「それで?泊まっているホテルはわかったかい?」 「ええ、もちろんわかりましたよ。Rochester系列のホテルですからね」 「うわ……主任、知っていたのかな」 僕は笑ってしまった。Rochesterホテルというのは京介の実家で所有している世界的に有名なホテルだからだ。 京介のことをなぜか天敵のように思っている主任が自分からRochesterを予約とは思えないから、きっとRochesterそのものの名前が付いていないホテルなのだろう。 「ハワイで新婚夫妻が泊まりたいと思うホテルといえば、ここしかないというぐらいメジャーですからね。プレミアム・スィートに一泊です」 「さすが主任! 舞台設定に事欠かないね。ところで、プレミアム・スィートっていくらするの?」 「さあ。申し訳ないのですが系列ホテルの宿泊料金まで存じ上げません。そう、大した金額ではありませんよ」 そうはとても思えない。僕が想像するに、きっと給料の一か月分ぐらいは、一泊の宿泊にかかるのだろうと思う。ブライダルを仕事にしている主任が、その一番大事なところをケチるとはとても僕には思えないからだ。 「プレミアムと言っても、単に部屋が広いということ、フロントデスクがスイートだけ別に存在していること。スイート専用のカクテルラウンジが自由に使える、と、それだけですよ」 「十分に贅沢だと思うけど」 きっとオーシャンビューなんだろうし、ハワイのサンセットは最高に綺麗だというから、舞台が整えば自然とやっぱりロマンティックな気持ちも盛り上がるじゃないか。 「新婚ですよ? 二人きりになりたいとは思わないのですかね? スィートと言ってもワンフロア貸しきりではありませんし。当然、他の宿泊客もいるところで他者の介在無しに二人きりというのは案外と難しいものですよ」 「それは……ねえ」 簡単に想像できる。どんな時でも長谷川さんさえ自分の側に、視界にいて自分を見つめていて欲しい。ってオーラを出しまくっているからな。 「他ならぬ私の愛するユウさんが長谷川君を祝福したいとおっしゃられるものですから」 「うん」 「ありきたりなプレミアム・スイートなどではなく、コテージを押さえるように言っておきました。最低限プライベートビーチぐらいあってしかるべきだと思うものですから」 「え……」 「ヌーディストになってビーチで横になっていても他者の目を全く気にする必要がない。それこそが新婚旅行でしょう?」 「え……」 どんな新婚旅行だよ!と、突っ込みたい言葉があまりの驚きで胸に詰まってしまった。 「ぼ、僕が頼んだのは、ハワイに日本語の祝電が届くのか調べて欲しいってことで」 「それはむろん手配させていただきました。銀の皿も支度いたしましたし、今夜これから飛行機会社のものがユウさんのお書きになられたメッセージを取りに来ますから、ご安心ください」 「て、手で持っていくの!? 電話で頼むんじゃないの!?」 「電話で祝電を? それでは直筆のものが届かないではありませんか」 「そ、そうだけど」 そこまでは考えていなかったよ。と、僕が唖然と呟くと、京介はいそいそとメッセージカードの支度を始めた。もちろんClassic ROSEで出しているプレミアムなものだ。 「ユウさん。万年筆でよろしいですか?」 「う、うん」 さあ。迎えが来てしまいますよ。と、京介は僕の手に、手の形に馴染んだ万年筆を握らせた。 「あ、あのさ」 「ええ、なんです? 飛行機会社のものでしたらいつまでも待たせておきますから、ごゆっくりと考えてくださって結構ですよ」 と、いうことは、その飛行機は民間機じゃない。ってことだ。祝電一通のために、自家用機まで飛ばしてくれるとは思っていなかっだけに、僕は、もう言葉もなくて。 「ホ、ホテルなんだけどさ」 「ええ。ご心配なく。彼らの予約したホテルにそのまま宿泊しても結構ですし、コテージに移動しても結構です。それは彼らの自由ですよ」 「あ……そうなんだ」 はあ。と僕は肩の力を抜いた。木崎主任は、京介というまな板の上に乗せられるのを嫌っている。しかも新婚旅行にそんな邪魔を仕掛けたと知ったら、きっと帰国してから嫌味をタラタラに言われること間違いなし、だ。 「ですが……むろん彼らには体験していただかないといけませんね」 「なにを?」 「プライベートビーチでヌーディストになるという開放感を、ですよ。是非とも、それを私の愛する、ええ、奥ゆかしい人に熱心に伝えていただかなくては! すぐにでも飛んでいきたくなるように!」 「は……?」 ええと、その愛する人というのは僕のことだよな。というのは理解できる。だけど、どう考えたって、あの長谷川さんが幾らプライベートとはいえ、ヌードになってはしゃぎまわるとは考えられない。 「そうでしょう! 楽しみですね、愛しい人!」 「バカッ!」 あっち行けっ!と、僕は拳に力を込めて力説している京介を追いやった。 もうちょっと素直に祝福することを考えられないのかな。と、僕は一気に心の中に膨れ上がった疑念を追い払って、万年筆のキャップを取った。 『 航太郎さん、深津さんにとって、今日という日の始まりのすべてが 幸せな明日に導かれた物語でありますように。 心からお祈り申し上げます。 ご結婚おめでとうございます。 秋葉優 伊集院京介 』 二人が本当にコテージに行ったのか。ヌードになったのか、は、また今度の話。 無事に帰国してから、ね。 |
fin.